マントラと共に安楽であれ。 ヨガの本質とは、肉体において安楽であること、心において平安であること、そして人生において有益であること。 -スワミ・サッチダーナンダ  あなたが高いスピリチュアリティを持ったヨギーに出会った時、彼らがどれほど平安に満ち、また肉体的に安楽で、そしてどんな状況でも自分自身を見失いません。彼らはいつも穏やかでおちついています。ヨギーは肉体と心において平安を持っています。何故なら彼らは今の肉体と心が自分だとは思っておらず、自分は永遠の存在だと考えているからです。永遠の存在とは、時を超え、愛そのものであり、限りない喜びなのです。ヨギーはどうしたらそのような境地へ辿りつけるのでしょうか?  マントラ、瞑想、アサナのようなヨガの練習は人生の去来にあっても平安であることの助けになります。私たちがアサナもしくは座って瞑想の練習をする時、どんな考えや感情や感覚がやって来ても、それらを去って行かせるのです。そしてその考えや感情や感覚を内面でのマントラチャンティングと置き換え、さらに長い時を掛けて練習することで、私たちは相対的な存在の去来においても平安であることができるのです。存在の儚い本質とともにあっても安楽であることは、その人がスピリチュアリティの段階を上がったという印なのです。瞑想やアサナの練習をしている時だけでなく、日常生活においてもマントラを唱えることは、あなたの意識を狭いところから広々としたところへ連れ出すでしょう。  マントラを唱えることは魔法のような働きをします。魔法とはあるものに対するあなたの見方が変わる時に始まります。あなたはある物を一つの方向から見ていて、そしてそれは魔法のように別の物に姿形を変え、おそらく最初に思い込んだ物とは全く別のものになるでしょう。マントラは私たちのものの見方を現世の現実から神々しくも高尚な、真実の現実へと連れ出してくれます。真実の現実とは、永遠なるものです。現世的で相対的な現実は永遠ではありません。それは去来するもので、あなたはある日は幸せで、ある日は悲しく、ある日は退屈で、ある日はそうではない。あなたの心の状態と感覚は動揺し、気持ちは上がったり下がったりを繰り返すのです。人生はアップダウンを前提としています。これが大自然-人生で自然な事であり、変化にとんだ性質を問題視するべきではありません。あなたはやって来ては去ってゆく刹那をそうするにまかせ、でも自分自身は浮き沈みの中で前後に飛び交うピンポンゲームに関わらずにその真ん中に留まる方法を持つべきです。  パタンジャリ師はわたしたちの嗜好はわたしたちの幸福とヨーガの境地の達成に対する障害に成り得るとおっしゃっています。彼はわたしたちの嗜好をラーガとドゥベーシャと呼んでいます。ラーガとは、あなたが好きなものや状況に対する執着であり、ドゥベーシャとはあなたが嫌いで不快になることを拒絶する事です。だからあなたはいつも嫌いなことを避けて、好きなことを優先しようとしますが、それはフラストレーションの基になります。なぜならそういつもうまくはいかないからです。天気は変わるものであり、突発的な出来事は起こるものであり、そしてあなたは自分自身を傷つけ、愛する人はあなたをがっかりさせ、そしてひどいことを口に出すものです。あなたに何が出来ますか?多くの普通の人々は戦いもしくは戦い症候群を選ぶのです。彼らはうろたえたり、困難な状況にぶつかると、攻撃的になるか逃げだすのです。彼らはネガティブな言葉と思考で反応し、急いで簡単かつ一番手近でお手軽な解決策を取ろうとします。でもお手軽な解決策ではすぐに満足できなくなり、すぐに不愉快になり、休みなしに動き出し、幸せと安楽を自分の外側に探し始めるのです。このようなことはうまくいきません。なぜなら平安と幸福はわたしたちの内側にあるものだからです。最初に自分自身の内部を見つめることなく、外側に幸せを求めるのなら、失望するだけです。マントラを唱えることは、わたしたちの内側、平安と安楽があり、わたしたちの外部に存在して去来するものに束縛されることのない場所へと向かう方法です。マントラは私たちに困難を抱えた心というものを乗り越える手段なのです。  マントラの力を試す簡単な方法は、あなたがストレスを感じていたり、不愉快な状況にいたりするとき、あるいは誰かがあなたにいやなことを言った時に心の中でマントラを唱える事です。怒って仕返しをしたり、敵意を持った言葉(あるいは思考)を使ったり、とがめたり、あるいは拒絶する代わりに、静かにハレ・クリシュナ、ハレ・ラマ、あるいはあなたが好きな聖なる御名を唱えてください。あるいはシンプルな言葉としてlet go(訳注:手放すという意味)を唱えても良いです。この方法はあなたに非難することを止めさせ、その御名へと導きます。非難とそれがもたらす怒りは、私たちを犠牲者にします。犠牲者とは決して幸せで安楽で平穏な人々のことではありません。例えば、あなたの彼あるいは彼女があなたにひどいことを言ったとします。あなたはそれに怒りを爆発させる代わりに、あなたのマントラを静かに唱えるか、散歩かランニング、あるいは自転車に乗りに行き、マントラを唱えるのです。あなたの呼吸がマントラのリズムに乗ってくるうちに、あなたの心は落ち着いてくるでしょう。心が落ち着けば、あなたは冷静に考える事ができ、あなたを不愉快にした人を助ける方法を熟考し始めることができます。そうすることであなたは感情に振り回されることなく、人の役に立つようになれるでしょう。  クリシュナ・ダスはこう歌っています。”そうだ、神とはリアルなもので、私はついに神の御元で生きるすべを見つけたのだ。それはすべて神の御名にある。ハレ ラマ ラマ ラマ シタ ラマ ラマ ラマ  それはすべて神の御名にある。”” -Sharon Gannon 日本語訳 AKKIE